建学の精神

創立者  鶴 虎太郎の言葉

教育は愛なり

本学院の創立者は、鶴虎太郎である。創立者を教育事業に駆り立てたものは、経済的・身体的その他いろいろな理由で教育の機会を奪われた若者に対し、自分の持てるものを与え尽くそうという深い思いに尽きるように思われる。経済的に困窮している生徒のために奔走し、誘惑に負けた若者をどこまでも見捨てないというように、様々な形で教え子に支援の手を差し伸べる行動が創立者の特徴である。

昭和40年に建立された創立者の胸像には、「愛は教育なり」という言葉が刻まれている。
これは、創立者の遺志を引き継いだ先人たちが、彼の精神の本質をこのような言葉で表現したものである。
創立者は、声高に「愛は教育なり」を叫んだわけではない。何よりも「愛は教育なり」の実践者であった。
本学院の建学の精神「教育は愛なり」は、創立者のこのような教育実践から生まれたものである。
「おこなってこそ、愛」なのである。ここに建学の精神の大きな意義がある。
本学院は創立者の精神を、どこまでも引き継いでいかなければならない。
それが、本学院に課せられた永遠の使命である。

21世紀は突然やってくるのではなく、それまで私たちの先輩がずっと築いてきた歴史や社会、知恵や技術の上に創られていくものです。本校も「教育は愛なり」と いう信念のもとに、虎太郎先生の熱い意志が大きく反映されて、今日を迎えています。鶴虎太郎先生は明治30年に私立広陵中学校、昭和2年には、本学の始まりである広島高等予備校を設立。戦後には経営者として、また、教育者として私立学園の発展に努めました。
そのたゆみない精神力はひとつのエピソードによく表われています。
明治38年脊椎カリエスを患い、悪化。畳敷教室で寝たまま授業を決行しました。
その後奇跡的に回復し、81歳で死去するまで教育に情熱を 傾け続けました。

それはまさに「教育は愛なり」の心に他なりません。

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